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岡山地方裁判所 昭和42年(わ)198号 判決 1967年7月12日

被告人 神車正

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中国選弁護人及び証人竹谷宗信に支給した分を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年四月一五日午後一一時ころ、倉敷市玉島阿賀崎九一一番地バー「ゆみ」こと原田清子方店舗へ赴き飲酒中、応待したA子(当二五年)に対し劣情を催し、同女を強いて姦淫しようと企て、翌一六日午前三時三〇分ころ、同店カウンター内に入り込み、抵抗する同女を押えつけ、パンテイを無理矢理ぬがせ、同女の陰部に手の指を突込むなどの暴行を加え、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が被告人の隙を見て逃走したため、所期の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(強姦致傷罪の訴因に対し、強姦未遂罪を認めた理由)

検察官は、被告人の前示暴行により被害者A子は、全治二日間を要する両下腿、右大腿、前胸部打撲の傷害を負つているので、本件は強姦致傷罪に該ると主張する。

よつてこの点について判断する。

刑法一七七条にいう暴行は、相手方の承諾のない姦淫行為の手段である点に於いて反抗を抑圧する程度までは必要ではないが、少くとも相手方の自由意思を抑圧する程度の身体に向けられた有形力の行使でなければならないと解するところ、その有形力の行使の結果として相手方の身体に腫脹、発赤、創傷、擦過傷、裂傷等の医学上の意味における傷害が生ずることは通常想定される。

ところでこの医学上の傷害という概念が、同法一八一条にいう法律上の傷害の概念とどの程度一致するかは、前者が自然科学上の概念であり、後者が社会科学上の概念であるという点で、前者の意味に於ける傷害を、通常人が見て傷害として扱つているか否か、および法条の解釈如何によつて決すべきものと解する。

とすると、同法一七七条が特に親告罪とされている趣旨、同法一七七条と一八一条の刑の軽重、各構成要件の外延等を考慮し、右医学上の意味に於ける傷害のうちには、社会生活上看過されている程度のもので、何等治療を要せず、短期間で自然に治癒し、表皮剥奪、内出血、生理機能破壊など内部的外部的破壊をともなわず、通常人が見て身体状態を不良に変更したと認めがたい程度のものも存することを併せ考えれば、右程度の医学上の傷害は同法一七七条に定める姦淫の手段たる有形力の行使の当然の結果として暴行の概念に包摂され、同法一八一条の傷害に該らないと考えるのが相当である。

よつてこれを本件について考慮すると、前掲各証拠、医師長尾良知の証人尋問調書、同高越秀明の証人尋問調書、A子提出の診断書を綜合すれば、被害者A子は同店カウンター内の隅の丸椅子に座つていたところを押えつけられ無理矢理パンテイを脱がされるなどの暴行はうけたが、その間被告人に手拳で殴打されたなどの強力な暴行を受けた事実は認めがたく、又前記部位に存したとされる打撲は、その部位に発赤が生じていたのみで皮下出血、腫脹など外部的もしくは内部的身体組織の損壊もなく、二日間位で自然に治癒するものであつて、犯行後数時間を経過した時に診断を受けた際にも、又その後にも医師の治療は受けていないし、医師もその必要を認めていなかつた事実が認められる。

すなわち右事実によれば、本件によりA子の受けた打撲は社会生活上看過される程度で、通常人が見て身体状態を不良に変更したものとは認め難いと言わざるを得ない。

もつともA子は、傷害の程度について本件被害より四五日を経過した後においてもなお薄紫色の班痕が残つているなどと右認定に反する供述をなしてはいるが、医師長尾良知の証人尋問調書、前掲証拠によつて認められる本件暴行の程度、および同女の供述には多分に誇張して供述していると認められる部分のあること、右供述の時点においては同人に対する慰謝は何等行われていなかつたため、同人が被告人に敵意を抱いていたと窺えることなどの事情を考えると、同人の供述はにわかに措信しがたくこれを採用しない。

そうすると本件により被害者A子の受けた打撲は、医学上の意味に於ける傷害とは言いえても、同法一八一条にいう傷害とは認め難く、本件について強姦致傷罪は成立しないと言わなければならない。

しかし前記認定のとおり強姦未遂罪の成立は認められるので、その範囲において有罪の認定をした。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一七九条、一七七条に該当するので所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し情状により同法二五条一項一号を適用してこの裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文により、訴訟費用中国選弁護人及び証人竹谷宗信に支給した分を被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西尾政義 岡次郎 佐々木一彦)

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